ゆらのサンフランシスコ のんびりライフ

サンフランシスコで子育てしながら初のアメリカ生活

答えの見つからない悩み

こんにちは、ゆらです。

今日は珍しく真面目なお話を書きます。
価値観の違いがあるので、不快に感じられる方がいらっしゃったら大変申し訳ありません。

息子が公立のキンダーに通いだして、早1ヶ月が経ちました。
まだキンダーが始まったばかり、担任の先生以外に1人若い先生がいることにすぐ気づきました。小さな子供たちを先生1人がケアするのが大変だから、この時期だけつく補佐の先生かと私は思いました。

ある朝その先生と少し話す機会があり、その時に彼女が「私はあの子のためにいるの。でもクラス全体を見てるから、いつでもみんなをサポートできるようにしてるわ」と。

その意味がよくわかりませんでした。
1人の生徒のために先生がつくの?
と。

その子の見た目はごく普通で、むしろ体は大きくて、キンダーというより、1年生か、早生まれの2年生くらいあります。

ある時からその子の話を息子がするようになりました。

「◯◯くんは、悪い子なの。いつも悪いことをして先生に怒られてる。」

ただの意地悪な子かと思っていました。
ですが、息子の話の辻褄が合ってきました。

その子は授業中でも突然叫ぶ。
クラスメイトが作ったものを壊す。
クラスメイトの物を取り上げて自分のバッグにしまう。

あ、きっと何かの障害があるから先生がついてるんだ…とようやくピンときました。

その子は恐らく何かの発達障害を抱えているようなのです。私はその知識が全くないので、その子がどんな障害があるのかはわかりません。ですが、その子はサポートなしには授業を受けられないことが分かりました。


昨日その彼が学校をお休みしました。
朝教室でバイバイした後、息子が嬉しそうに戻ってきて言ったのです。

「やった、◯◯今日は休みだ!先生が◯◯のPaperwork片付けてる」

と。

なんだかガツンとショックでした。
学校を休んだら、クラスメイトが喜ぶって…しかもこんな幼くて。すごいショックでした。

でも息子はまだ理解できていません。
うちの子の中で彼はうるさくて、人のモノを壊す嫌な子、なのです。

考えました。
私はいつから障害がある方に対して、同情心を抱くようになってしまったのか。
可哀想という感情は間違ってるのか。
間違った正義をかざすのも違う気がする。


また少し驚いたことに、彼が奇声をあげると担任の先生はきちんと名指して「Be quiet」と言うんだそう。
クラスメイトが、ブロックでお城を作っていてそれを壊す彼は、担任の先生にめっちゃ怒られるそう。
人のモノを勝手に自分のバックパックにしまうと、まためちゃくちゃ怒られる。

そう、全く特別扱いしないんです。
日本だったら、きっと「仕方ない」って先生をはじめ皆結局は思うから、だから同情心にすり替わっていったのだろうか?

アメリカではそうやってちゃんとケアする先生が一緒にいること以外は、全て他のこと全く同じようです。それが個性と子供が捉えるようになるのはそう遅くはないと思います。
今はまだただうるさいなーとしか感じていなくても、段々「この子はそういうパーソナリティ」と理解するようになるのかな、と。

幼いうちから、そういう個性があることを知ることが出来るのは、なかなか日本では出来ないと思います。

でもそんな理由から「あの子は悪い子、好きじゃない」と思ってしまう子供達はこれ以上なく正直で、同時にとても残酷だと感じました。

難しいです。
出来れば、そんな理由から人を嫌いになってほしくない。でも私が余計なことを言って彼をかばうようなことを言うと、それこそ、日本の「仕方ない」になり、同情心を植え付けるかもしれない。素直な感情そのまま生きていけるうちは、口出しすることではない。

難しいです。こんなこと考えたこともありませんでした。世界平和ではありませんが、クラスメイトみんな仲良くできる年の内は仲良くしてほしい…

長々、まとまりもなくすみません。私自身が戸惑って答えが見つからず、でも今ある私の悩みを残しておきたかったのです。

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